ホーム > 特集インタビュー > 第12回 HAJIMEさん、太田黒 宏さん
北海道・旭川に2000年からヘアサロンを展開している「artism」。2007年秋、2号店を、なんと東京・原宿にオープン!なぜ、旭川から原宿に進出したのか?!そこには、10年前の若きアーティスト2人が交わした熱い約束があった。原宿に新しい風を吹き込む、新生「ARTISM」の2トップが語る新しい美容室とは!!
HAJIME
北海道・旭川出身。都内2店舖を経て、2000年6月、地元で本店「artism」を設立。拠点を旭川に移しても、東京から撮影の依頼がきたり、専門学校や他店での講習など、旭川と東京をまたにかけ幅広く活動している。そして、2007年9月、太田黒氏と東京・原宿で「ARTISM」を設立。オーナー兼トップスタイリストとしてスタッフを力強く引っ張るサロンの大黒柱。
太田黒 宏
広島県出身。若き頃より東京都内の有名店を経て、2007年8月まで原宿の超有名店にてトップスタイリストを務める。長年東京のサロンの第一線で活躍してきたアーティスト。2007年9月、かねてから念願であったHAJIME 氏とのサロン「ARTISM」を設立。HAJIME 氏とともにトップスタイリストとして、若いスタッフを育てる頼もしいARTISMのエース。
――今回の東京出店にはどのような経緯があるのですか?
HAJIME 旭川のサロンが本店ということになり、今回東京に出すサロンがその支店ということになります。太田黒と将来東京にお店を出そうと約束していて、その前に地元でお店を出して、今回チャンスがあり東京に出店することになりました。太田黒は出店がスムーズにいくよう東京で準備していてくれました。
――お2人が知り合い、東京に出店しようと約束したのは、いつどのようなことがきっかけとなったのですか?
HAJIME 私は、16歳から地元のサロンに勤めていて21歳のとき上京しました。東京で2店舗のサロンに勤め、そのうちの2店舗目の大手グループのサロンで太田黒と出会い一緒に働いていました。
私はスタイリストで彼はアシスタントでした。性格や考え方などは全然違いましたが、一緒に働きお互いのことが分かってくるうちに、自分の信念や核となる部分でお互い同じ熱いものを持っているということを知りました。泥臭いかもしれませんが、お互いの美容に取り組む姿勢に共感したのです。
将来東京に2人でお店を出そうと7年前に決めて、私は、まず地元に基盤をつくってから東京に出そうと考え、旭川で「artism」を立ち上げたました。東京でどんなに成功しても地元に戻れば一からやり直し。だからといって田舎っぽいサロンにはしたくない。地元と東京を頻繁に行き来して、常に東京とリンクするサロンにしてきました。旭川と東京の両方にフィールドがあることで、活発に活動できました。
だから、離れていても彼と頻繁に会うことができた。お互い距離を感じなかった。彼が東京で店を出そうという約束を真剣に信じて待っていてくれたからここまでこれたのだと思います。自分ひとりではここまで来れなかった。彼が東京で待っててくれるから頑張れたのだと実感しています。
東京出店にあたり、5ヶ月前に上京して、物件探しなど準備をしながら、知人の店の一角を借りてお客さんをつけてやっていました。当初の準備期間は、1年から1年半くらいかかるだろうと覚悟していましたが、いい物件が早くに見つかるなど、いろいろことが順調に進められた結果、5ヵ月でオープンにこぎつけました。いろいろ悩んでいるよりもやってみなければわからない、何か問題が発生してもその都度みんなで考え対処していけばいい。この考えで、早期にスタートすることができました。


――東京に出店しようと決めてから7年間、お互いの意思や考えを確認していく中で、どのような目標を持って、新しいサロンへはどのような想いを込められていますか?また、原宿の有名店のトップスタイリストである太田黒さんは、お店を辞めるとき大変だったのではないですか?
HAJIME 先方のオーナーとは、じっくり話し合いお互い納得する形で解決しました。やはり、彼の一緒にやっていきたいという想いが強かったから、東京店は彼と2トップでやっていこうという気持ちを再確認できました。
新しいサロンへの想いは、有名店にしたい!ということ。見た目ではなく、中身の充実した本質的な部分で有名にしたい。この想いは2人共通しています。お互い美容に対して真面目。一時的な栄光など欲しくない、自分が名を上げればいいとは考えていません。いくら有名でも、スタッフに“うちの店はだめだ”と思われてしまうような店にはしたくない。まず、スタッフと真剣に向き合うことを大切にしたいと考えています。
店は1つの箱だと思っています。その箱に、スタッフそれぞれが思いを込めてもらえるようにしていきたい。スタッフそれぞれの色に変えていけるような、自然体でいられる場所でありたい。例えば、1人のスタッフがやりたいことがあると言えば、それについてスタッフ全員で考える。このようなことが自然にできる人であり、損得勘定でしか動かないような人は一緒にやっていけません。だから、自分が本気で接しなければ何も伝わらないし、相手も本気になってくれません。
――HAJIMEオーナーについて、普段一緒にいてどんな方だと感じますか?
Ryo & ANNA(ARTISMスタッフ) オーナーらしくないオーナーで、熱い人です!僕たちの年代は物事をクールに考えてしまいますが、僕はオーナーの熱い想いをいつも感じているので、自分も美容について熱くなれるようになりました。アシスタントの意見でも真剣に聞いてくれて向き合ってくれるのには驚いたし、うれしかったです。決して偉そうに教えるのではなく、自分から行動する人。その行動力は、暗いところでも恐れずすたすた歩いて行くような人です。だから、僕たちもお店のために何かやろうと考えられるようになりました。東京にもついていきたいと強く思い、ここまでこれたのです。
太田黒 私に美容師の魂を植えてくれたのは彼(HAJIMEオーナー)なんです。彼に会うまでは、自分のできる範囲でやれればいいという消極的な考えでいました。彼と会って、自分をもっと高めたいと向上心を芽生えさせてくれた。そして、有名店の第一線でできるようにまでなれたのも、彼がいなければたどり着けなかったことだと思っています。私の中の美容師の核となるものをつくってくれた彼を常に信頼して一緒にサロンをやりたいと思っていままでやってきました。だから、サロンを始めるにあたり迷いはまったくありません。むしろワクワクしています。
――このような熱いメンバーが集まり、これからどのようなサロンにしていきたいですか?
太田黒 「人と人がつながって、成り立つサロン」にしたい!このスタッフさんに切ってほしい、このスタッフさんに会いたいと、人を魅力に感じてきてもらえるサロンにしたい。また、そう思ってもらえるようなスタッフが集まってくるサロンにしたい。集まってきたスタッフたちはきっと損得だけで動かない、みんなのことを考えられる人になれるはずです。ゲストもスタッフもみんなが自分らしく安心できる場所にしたい。堂々と胸を張って、とにかく“きてください!”といえるようなサロンでありたいです。
HAJIME 東京出店のように私が飛び出していけるのは、それを支えてくれる人がいるからです。私のところに美容に対して本気な、自分で考え行動できる人、またそうなりたい人が集まってくるからこそ、信頼し合えて成長できるのです。 お店という1つの箱にみんなの色をつけてほしい!強いカラーを打ち出したり、ターゲットを絞るのではない。何かを感じて自然に人が集まってくるサロン、それが原宿で受け入れられるという自信があります。

――美容師を目指す若い世代にメッセージをお願いします。
HAJIME 学校などで講義をすると、熱い想いを持つ学生たちが共感してくれる。ちゃんと向き合ってくれる人、個性を引き出してくれる人が必要だと感じます。私たち世代がいろいろなこと伝えていかなければいけません。美容の世界に夢を持った人たちが頑張れるように、受け入れられる箱を作りたいと考えています。自分たちがいい暮らしをしたいから利益を出すのではなく、人を受け入れるための場所をつくっていく、そのための利益を上げていきたい。仲間を増やすため、スタッフを育てるための投資をしていきたい。美容師は「職人業」であり、人から人に伝えていくものです。1年や2年で伝わりきるものではないと考えています。じっくり真剣に向き合い、スタッフと長い付き合いをしていけるサロンにしたいです。
インタビューを終えて
美容業界に対するメッセージをも含んだ今回のインタビューは、とても実のあるお話が聞けました。お2人のひと言ひと言が熱く深く、心に響くものでした。人を育てることは、とても重要なことであり、誰かが率先してやらなければならないこと。トップのお2人を中心にARTISMスタッフさんたちの情熱が、ゲストや将来のアーティストたちに伝わればすばらしいと感じました。これからもARTISMに注目させていただきます!HAJIMEオーナー、太田黒さん、この度は、ありがとうございました。